人生は続いていく

少し前に「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」というドキュメント映画を観た。 

ローマという都市で生活する人々の日常を切り取った作品で、登場人物たちが、自分の家族や仲間などと話をしている様を撮っている。時に嘆いたり、ぼやいたり、その語り口がパッチワークのようにつなぎ合わされ、重ねられていく。 

ドラマチックな展開や強烈なメッセージがある訳ではない。しかし、その構成は思慮深くまとめられていて、人々のさりげない会話は、いつしか本質的な、どこかで交わしたことのあるような、または聞いたことのあるような普遍的なものへと変わっていく。日常に潜む信仰や性、金、権力、死、メディアといったテーマがさりげなく匂わされるが、嫌らしさはなく、「この世界に生きるということ」を淡々と見せつけられる。映画を観終えた後、不思議と登場人物たちが愛おしくなっていた。  

ストーリーがないにも関わらず、目が離せなくなるのは、カメラアングルの素晴らしさによると思う。新しい人物が登場したときのファーストショットは、その思いがけないアングルと、人物への想像力をかき立てるに十分な間合いによって、魅力にあふれている。  

この映画がどんな形で終えられるのか、興味をもって観ていたのだが、そこには何もクロージングされるものがなかった。希望や絶望といった分かりやすい結論が一方的に提示されなかったことに、私は清々しさを感じる。すべては私たちの中で続いている、観る者が自分の人生で見つけるものだと言われているようだった。